シン・ゴジラ

遅ればせながら、『シン・ゴジラ』を観てきた。
色々情報を詰め込んでいる感じが現代的ゴジラなのかなあと思ったり。
「アクションシーンより会議室のシーンが多くて」と一部で批判もあるようだが、会議室のあれこれこそが今の日本の政治なのだとも思う。
個人的には蒲田とか武蔵小杉とか仕事でよく行く土地をゴジラが行進している光景が生々しく感じられた。

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日帰り観光

7月23日(土)に、日帰りで多摩方面へ観光に行ってきました。
一緒に行ったのは、とあるクイズ番組が縁で知り合った仲間たち。
まずは調布市の深大寺へ。
東京都内では浅草寺に次ぐ古刹ということで、歴史あるお寺であります。

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この像は元三大師堂の前の賓頭廬尊者(びんずるそんじゃ)です。

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境内には「なんじゃもんじゃの木」なんてものもありました。

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深大寺のある調布市は水木しげるさんが50年以上暮らした第二の故郷ということで門前には鬼太郎茶屋もありました。

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深大寺の名物といえばそば。ということで門前のそば屋にて昼食。
夏に敢えて温かい山菜そばを注文。7月にしては涼しかったのでちょうど良かったかな。

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深大寺から調布駅へ向かう途中の自転車置き場にも鬼太郎の装飾が。

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調布から立川へ電車移動。途中、高幡不動駅で動物園行きのラッピング電車を見かけました。

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立川駅前には立川市のキャラクター・くるりん像がありました。

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立川へ行った目的は国立極地研究所の南極・北極科学館を見学すること。
参加者の1人が是非見たいと言うので来たが、正直、事前には大したこと無いと思っていました。
南極観測の記録など結構興味深い展示があり、期待を上回る満足度でした。

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館外には南極から持ち帰ったというクロウンモヘンマ岩の大きな塊。

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白瀬日本南極探検隊100周年記念モニュメント「極光」

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カラフト犬のブロンズ像はかつて東京タワー前に飾られていたものを移設したものだそうです。

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どれがタロ・ジロかと皆であれこれ推測していたのですが、アネゴが館内の受付の方に質問したところ、衝撃の答が。

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12頭のカラフト犬が南極に派遣されたという事実のみを考慮して像の作者が造形したので、具体的にどれがタロでどれがジロかと特定されていない、とのこと。
スラスラ答えてくれたので、頻繁に同様の質問を受けていたと思われます。

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シメは飲み会。
朝、調布へ向かう京王線の車内で高尾山ビアマウントの広告を見て気になっていたので、そこへ向かうことに。
JR高尾駅には、高尾山の天狗伝説にちなんで、大きな像が。

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ケーブルカーで高尾山に登りました。
高尾山ビアマウントは日本で一番高いところにあるビアホールだそうです。
飲み食いに夢中でビアホールでの写真撮影はすっかり忘れてました。
ガッツリ食べてお腹いっぱいになりました。
明るいうちに宴会スタートしたので、あまり遅くならずに帰宅できました。
楽しい一日でした。

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1989年9月29日(金)これにて完結・旅の終着地は自宅

(日本時間)
16:47成田空港着陸
17:01飛行機下発バス
17:09ターミナル着
18:00入国手続き完了
18:10ターミナル発バス
18:40JR成田駅着
19:07成田発総武線快速
20:22東京着
20:32東京発中央線快速
21:45頃帰宅

空の上で日付け変更線を越え、日本時間で9月29日の午後になった。
ロサンゼルスから10時間30分ほどのフライトで成田に着いた。
28日の昼過ぎに出て、着いたらもう29日の夕方だ。
入国の時の税関では「荷物はこれで全部ですか」と訊かれただけだった。あっさりしたものだ。
JR成田駅から総武線快速電車に乗る。
電車に乗ると一気に日常の世界に戻った気分になる。

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JR総武線の車内にて、ピースサインならぬ4位のサイン。

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秋利は3位の賞品としてアメリカ50州のパズルを貰った。しかしニューヨーク州のピースは福留さんに取り上げられてしまった。

東京駅で中央線に乗り換える。
もう夜のいい時間になっていたので、酔客も多く乗っていた。
新宿駅に着く直前に酔客の1人が吐いてしまい、秋利も被害を受けた。
こんな形で日常に引き戻されんでもよかろうに、と残念な気がした。
途中で下車した秋利と別れてから暫く電車に乗り続け、バスに乗り換えて21時45分頃ようやく帰宅した。
丸々4週間に及んだウルトラクイズの旅もこれにて完結である。


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1989年9月28日(木)いざ東京直行!ロサンゼルスから出発

(アメリカ太平洋時間)
07:00起床
08:00頃朝食
暫し自由時間
11:00集合・車で出発
11:10ロサンゼルス空港着
13:00ゲート前で待機
13:40NH005便に搭乗
13:51移動開始
14:17離陸

朝はロビーに11時集合というのだけが決められていたので、適当に起きて朝食をとる。
朝食後、秋利と2人で土産でも買おうか、とホテルの外に出てみたが、近くに店などありゃしない。
仕方なく、ホテル内のお店で買い物した。
チェックアウトの時、部屋で観たビデオは課金されてたのに、部屋からかけた国際電話代が請求されなかったのは不思議だ。
ロビーの集合時に来たのは地元のコーディネーターのMr.Yamaji。空港まで車で送ってもらった。
空港でも少し買い物をしてからビールを飲んで暇つぶしをする。
ウルトラクイズの旅がもう終わりだと思うととても寂しい。あと一歩でニューヨークに行けたのに、と悔しさがじわじわこみ上げて来た。

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(Los Angeles発成田行き全日空NH005便にて)

成田行きの機内で、全日空のスチュワーデスは美人ぞろいだな、と秋利と話す。2人で名札に書いてある名前をチェックしてしまった。
機内食は魚をチョイス。
映画"Beaches"(1988年アメリカ製作。邦題「フォーエバー・フレンズ」日本公開1989年9月15日)を上映したので見入ってしまった。
そうこうする間に日付け変更線を越え、9月28日は24時を待たずに終わった。


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1989年9月27日(水)準決勝通せんぼクイズ・ボルチモア

(アメリカ東部時間)
01:50解散
02:30就寝
06:30起床
07:30朝食
08:30集合
08:35バス乗車
09:02発バス
09:30クイズ開始
10:30休憩
11:00クイズ再開
11:10クイズ終了
11:30~12:00罰ゲーム
12:40ワゴン車で移動
13:00ボルチモア・ワシントン国際空港着・昼食
暫し自由時間
16:00頃D13ゲートよりUS1014便搭乗
16:18移動開始
16:40離陸
(以下、アメリカ太平洋時間)
18:40ロサンゼルス空港着陸
空港より車で10分のホテルへ移動
20:00夕食
24:00就寝

夜中のトランプ大富豪は延々と続き、1時50分頃やっとこさ解散。
部屋に戻りシャワーを浴びたりして2時30分に寝る。
6時30分に起き、日課の聖書を読み、髭剃り、出かける準備をする。
今日は、東大クイズ研の現役の頃、最初に皆で揃えて作った黄色いトレーナーを着て行くことにした。
決勝戦ではスーツを着るつもりだから、わざわざ持って来た思い出のトレーナーはここでしか着る機会が無い。
胸のTQCの文字とクエスチョンマークが見えるよういつもより名札を上に付けた。
偶然だがクイズの時のウルトラハットも黄色でお揃いの色でピタリとはまっていた。
朝食はいつものように沢山の種類を取ってきてゆっくり食べた。
Holiday InnからFort McHenryまでは車で15分ほど。
準決勝のクイズ形式は例年通り通せんぼクイズ。
まず全員で早押し。3ポイント獲得で通過席へ。そこで正解すれば勝ち抜けでニューヨーク行き。
他の挑戦者が正解したり、本人が誤答したら0ポイントに戻って並び席へ戻る。
クイズが始まり、誰かが通過席へ立つと他の誰かが阻止する、というのが繰り返され、1時間くらい経過したところで休憩になった。
長戸・永田・秋利の3人は5~6回ほど通過席に立ち、その間ワシは2回だけ通過席に立ったが、誰1人として勝ち抜けできなかった。
ワシは2回とも永田に阻止されてしまった。
休憩後のクイズ再開からは長戸・永田がするすると勝ち抜けてしまい、あっけなく準決勝はケリが付いた。
最後の問題「中国では強精薬とされ、料理にも使われているもので、冬の間は虫で、夏になると草になると…」を聴いている間に、あれ、何科のキノコだったっけ、と難しいことを考えてしまい、「冬虫夏草」を思いつくのが遅れてしまった。
敗戦後、秋利が泣き出したが、ワシは何と言っていいか分からず、黙って見ているだけった。
罰ゲームは3位決定戦を兼ねて行われた。クイズに誤答または無回答だとお腹の袋に煉瓦を5個ずつ入れられて、重みで立てなくなった方が負け。
問題は「1814年当時のアメリカ15州は?」交互に答えていったが、ワシはニュージャージー、メリーランド、ノースカロライナの3州しか正解できず、次々と煉瓦が加えられていき、7問不正解煉瓦35個でダウンした。
秋利は3位の賞品としてアメリカ50州にピースが分割されたパズルを貰った。ただし、ニューヨークに行けなかった罰としてニューヨーク州のピースだけ取り上げられてしまった。
その後お腹の袋に煉瓦を入れたまま荷物を持って2人並んで歩いて空港へ向かった。
撮影は曲がり角に達するまで暫く続いた。
撮影終了後はワゴン車でボルチモア・ワシントン国際空港へ移動。クイズが続いている間は4人に減ってもバス移動だったので、ワゴン車に乗って急に侘しく感じた。
空港での昼食はチーズバーガー、フレンチフライ、ビールと極平凡なもの。
飛行機に乗るまでは時間があったので、ボルチモアでのお土産を色々と買い込んだ。
ボルチモア・ワシントン国際空港のD13ゲートに近づいた時、ウルトラクイズの間No.13の名札をずっとつけていた秋利は「第13チェックポイントのボルチモアで落ちてもうた」としみじみと語っていた。
機内では秋利から大学の話とか今後の仕事の希望とかを聞いた。
5時間ほどのフライトでロサンゼルスに着いた。
ロサンゼルスでは空港から車で10分ほどの所のホテルに泊まる。
夕食はホテル内のCafe LAというというところでニューヨーク・ステーキを食べた。ニューヨークへは行けなかったのに皮肉だな。
食後、部屋でTVを観たがつまらなかった。早々に寝る準備をし、24時就寝。

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1989年9月26日(火)メンフィスからボルチモアへ、いよいよ東海岸

(アメリカ中部時間)
01:00就寝
06:45起床
07:30集合
07:45バス乗車
08:00発バス
08:23メンフィス空港着
08:55ゲートB32へ
09:30頃朝食
10:00頃ゲートがB28に変更
10:10NW1039便に搭乗
10:40離陸
(以下、アメリカ東部時間)
13:24ワシントン国際空港着陸
14:05バス乗車
14:22発バス
15:30Holiday Inn着
16:00頃外へ出て昼食
17:00頃部屋に戻る
19:00夕食
22:00秋利・長戸の部屋に4人集まる

この日はクイズの無い移動日。
朝飯前にホテルを出発。
バスの中で福留さんと少し話をした。
空港の出発ゲート付近でホットドッグとコーラで朝食。
2時間弱のフライトでワシントン国際空港に着いた。
いよいよ東海岸に着いた。次の関門を越えればついにニューヨークだ。
バスで1時間ほど走ってボルチモアのインナー・ハーバーにあるHoliday Innに着いた。
ここでは永田と同室。
機内食はツナサンドとクラッカー等の軽食だったので、遅くなったがホテルに着いた後、昼食に行く。
挑戦者4人のみでホテルから出た。
ホテルから5分位歩いたところのCrazy John'sというバーガー・ショップに入る。
ワシはチーズバーガーとコーラにした。
店内にゲーム機が置いてあり、中高生と思しき若造が出入りしていた。
夜はShogunという日本料理店で福留さんらと会食。
今回の準決勝に残った4人は、誰が優勝してもおかしくない位の高い実力の持ち主ばかり、と評してくれた。
食後は秋利・長戸の部屋に4人集まる。
夜中までトランプで大富豪して遊んだ。

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1989年9月25日(月)アヒルタイムレース・メンフィス

(アメリカ山岳部時間)
00:00就寝
03:50起床
04:10ロビーへ移動
04:15集合
04:33発バス
04:50デンバー空港着
06:15NW292便に搭乗
06:35離陸準備
06:46離陸
(以下、アメリカ中部時間)
09:47メンフィス空港着陸
09:55ターミナルへ移動・荷物待ち
11:32メンフィス空港発バス
11:50~12:20プレスリー邸の近く
12:40~13:45Red Robsterにて昼食
14:10Radisson Hotel着
16:10クイズへのスタンバイ
17:00クイズ開始
17:05クイズ終了
17:30ホテルの部屋へ戻る
18:00永田・秋利の部屋で問題検証
20:30夕食
22:00永田・秋利の部屋へ集合
24:00解散

21日にロサンゼルスからの飛行機でデンバー空港に着いてから4日間、デンバー周辺をグルグル回っただけでアメリカ横断が前に進んだ気がしない。
この朝ようやくメンフィスへ向けて東進する。
集合時刻より5分ほど早くロビーに行き、コーヒーを飲む。
デンバー空港に着いてから1時間以上待たされた。
飛行機の中で朝食。
山岳部時刻から中部時刻に切り替わるので2時間程のフライトながらメンフィス着は10時頃となる。
メンフィス空港のターミナルへ着いてから今度は荷物待ちで1時間半ほど待機。
メンフィスでの観光はエルビス・プレスリーの邸宅の前まで行っただけ。

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プレスリー邸の前(メンフィス)

Red Robsterで昼食だったが出たのはロブスターではなく白身魚。
今日の泊まりはRadisson Hotel。部屋割りは、永田+秋利、木村+長戸、でワシは1人部屋。
昨日に続き今日もクイズをやると聞かされる。
会場は隣のピーボディー・ホテルの屋上。
ここでのクイズはアヒル・タイムレース。
ピーボディ・ホテル名物のアヒルが夕方、ロビーから屋上のペントハウスへ戻ってくるまでの間だけクイズを出題し、正解数が最も少ない1人が敗者となる。時間はおよそ4分半だそうだ。なお、アヒルが屋上に姿を見せてからゴールするまではラストスパートとして1問で2ポイント獲得となる。
ワシが正解したのは順に「パンダ」、「浦島太郎」、「青」、「ラブシーン」、「200」、「水素」、「塩酸」の7問で終わりの2問が2ポイント問題だったので合計9ポイントを獲得した。このウルトラの旅で初めてトップ抜けした。
ポイントが多いほうから永田、秋利、長戸の順で、木村が敗者となった。
「どうして負けたのかね?」とトメさんから訊かれたので、ここは先輩風を吹かせて偉そうなこと言った方がTV的に面白かろうと思い、「いやあ、やっぱ経験不足でしょう」と言ってやった。
オーストラリアのサーファーズ・パラダイスの辺りから最後まで残るだろうと予想していた4人がそのまま残った。
4人ともクイズの強者なので次の準決勝もキツイ戦いになりそうだ。
ホテルに戻ると早速一部屋に集まり今日のクイズ問題の検証をした。全部で34問出題された。
(放送で使われたのは24問。順番も入れ替わっていて、ラストスパートで答えたのが放送上は「200」と「塩酸」になっていた。)
長戸らの話では、木村はクイズの途中で勝負を投げた様子らしい。そもそもクイズ形式が早押しと聞かされた時点でこの面子では負けを覚悟したようだ。
夕食はホテル内のレストランでGrilled Pork Chopなどをいただく。
食後また一室に集まるがクイズの検証は夕方済ませたのでダベるだけ。


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1989年9月24日(日)コンボイクイズ・チムニーロック

01:00解散
01:50就寝
06:00起床
07:00朝食
08:00集合
08:27発バス
09:03Harrisburg近くに着く
09:23再発車
10:00クイズ説明、順番決めの三択クイズ
10:30コンボイクイズ開始
10:39勝ち抜け
11:00頃国道88号終点通過
11:30頃暫く途中停車
12:00頃Chimney Rock着
12:15バス乗車
12:20発車
13:40~14:37昼食
17:23Holiday Inn Denver Downtown着
暫し自由時間
19:30夕食
21:30一室に集合

朝食の後、新しい名札が配られた。前回のトマト戦争クイズで名札の割れた者が出たため。
Scottsbluffからバスで1時間ほど走ったところで降ろされた。
周りに何も無いところにコンボイが6台。1台に1人ずつ乗ってリレークイズをするという。
まず順番を決める三択クイズが行われた。木村、秋利、及川、田川、長戸、永田の順になった。
コンボイに乗り込むと運チャンが「コーラでも飲むか?」と気安く話しかけてくれたが、ワシはクイズ前で緊張していて「No, thank you.」と断ってしまった。クイズが終わって車を降りてから、素直にもらっとけば良かったと後悔した。
第1問「ミシシッピー川流域に広がるこの中央平原地帯の面積は、アメリカ国土の約何割を占めているでしょうか?」
先頭の木村が一発で「3割」と正解してしまい、誰とも対決することなく勝ち抜けて行ってしまった。
口惜しいからコンボイに取り付けてあるカメラに向かって眉を八の字にして「エー?」と哀しげな声を出す。これは、グアムの夜襲クイズで敗れて去る時の小林氏の表情と声を真似したものだ。
第2問「チムニーロックはもっと高い塔のような岩でしたが、途中から折れてしまい今の高さになりました。その原因は一体何だったでしょうか?」
秋利が「竜巻」、及川が「ハリケーン」と答えて不正解。ワシにチャンスが巡って来た。この問題を聴いた直後から頭に浮かんでいた「落雷」と答えたら首尾よく正解。先頭の秋利と並ぶ。
第3問「ネブラスカがアメリカの37番目の州になる前はどこの国のものだったでしょうか?」
最初にワシが「イギリス」と答えて不正解。
秋利が「メキシコ」と言ってこれも不正解。
他にアメリカにかつて領土を持っていた国はどこだろうと考え、イギリスの隣で「フランス」と答えたらこれが正解。見事、2抜けを果たした。
車列から離れて目的地へ先行していくとすぐに無線が届かなくなり、次の問題から全く聞こえなくなってしまった。
1時間ほど走ってやっとチムニーロックの前に着いた。そこで木村と次の勝者を待つ。
秋利、永田、長戸の順にやって来た。
敗者は及川だ。東大クイズ研からグアムの泥んこで3人残ってからここまでずっと3人負けずに来ていたのに、とうとう敗者が出てしまった。良い奴だっただけに残念だ。

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勝者集合の映像を撮ったらすぐにデンバーへ向けて移動。
デンバーに着いてから、夕食までの間に街へ出てみたが、日曜日ということで店は殆ど閉まっていた。
今夜の部屋割りは秋利が1人部屋で、木村+長戸、永田+田川の組み合わせ。
ホテル内のレストランで夕食。
その後は秋利の部屋に集まり、今日のクイズ問題の検証をしつつテレビを見たりビールを飲んだりした。
明日はいつもより早く朝4時15分出発ということなので早めに解散…と言いつつ実際に解散したのは23:30過ぎだった。

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1989年9月23日(土)デンバーからスコッツブラフへ移動

00:30就寝
05:30起床
06:30朝食
07:07発バス
07:30~08:03マクドナルド(スタッフの朝食のため)
09:35~09:45停車
10:51Kimball着
暫し自由時間
11:40~12:45昼食(Holiday Restaurant)
スタッフらの三角ベースを見学
13:13発バス
14:25Scottsbluff Inn着
暫し自由時間
19:30ロビー集合→夕食
21:30一室に集合

今日はクイズの無い移動日。
バスの中でウルトラチェック用紙を受け取る。次のクイズから5週目放映分となるそうだ。
昼前、Nebraska州のKimballに着く。まずはSafewayで買い物をした。
Holiday Restaurantで昼食。ここでは肉ではなくニジマスなどを食べた。
昼食の後、広場でスタッフが三角ベースをしていた。長戸も交じってプレーしていた。

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Scottsbluff Innでは及川と同室になる。
夕食まではだいぶ間が空いたので、ワシは寝てしまった。
永田や秋利らはその間に外に出て夕食時に行くことになる東方楼のあたりまで散策したらしい。
しかし、周囲には、商店街も無かったらしい。
とんでもない田舎町へ来たものだ。
明日のクイズも妙なことを企んでいるに違いない。
夕食は東方楼で中華料理。ワシは追加でキリンビールを飲んだ。(前にも書いたかも知れないがウルトラツアーの間は食べ物は番組側が提供してくれるが飲み物は各自払うことになっておる。)

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東方楼で出されたフォーチュンクッキーから出たご託宣。

夕食後は木村と永田の部屋に集まる。ウルトラチェックの記入をする。その後はまた大富豪をして夜中まで遊んだ。

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1989年9月22日(金)トマト戦争クイズ・ツインレークス

00:30就寝
08:00起床
09:00朝食
09:50集合
09:53ホテル発バス
10:30クイズ地着・バス内待機
11:30クイズ開始
12:40クイズ終了
12:50クイズ地発バス
14:00~15:00昼食
16:30Holiday Inn Denver Downtown着
19:30夕食
21:30一室に集合

ツインレークスの朝はスタッフが各部屋に配ってくれた朝食から始まった。
大きな発泡スチロールの容器に入っていたのはパイ、トマト、フルーツケーキ。これらとリンゴジュースの4品が今日の朝食。大きい割りにガランとして寂しいお弁当箱であった。
周りに建物など無い高地の草原で行われたのは、ツインレークス名物のトマト戦争を使ったクイズ。またの名を「トメと戦争クイズ」
敵味方に分かれてトマトをぶつけ合うトマト戦争のトマト投げの要領で地元の方々が投げてくるトマトをかいくぐって1つの早押しボタンを目指して駆け込み、最初の1人のみ解答権を得られる。誤答のペナルティーは、早押しボタンからスタート地点へ戻る間もトマトをぶつけられ続けるというもの。
後に出版された書籍「アメリカ横断ウルトラクイズ13」では「収穫の後、腐ったトマトを爆弾がわりに敵味方に分かれて投げ合うという単純な遊びだが…」と紹介されていたが、実際は腐ってるどころかカチカチに固いトマトも交じっていて、ホテルに着いてから確認したらワシも左脇腹に青あざができていた。
名札も最初はいつものプラスチック製のを付けたままったが、誰かのがトマトの直撃で割れたので、途中で回収された。
ワシは4回、解答権を得た。その時の問題は以下。(答は文末)
1.カクテル「ブラディマリー」はウォッカを何で割ったもの?
2.日本間で、鴨居と天井の間にある、風は光を取り入れるための窓状のすかしを何という?
3.「武士道というは死ぬこととみつけたり」と、武士の心得を述べた江戸時代の書物は?
4.地球上に吹いている「風」の成分の大半を占めている気体元素は何?
ここでもラスト抜け。関根が敗者となった。
次はネブラスカ州のチムニーロックということだが、今日は一旦デンバーへ戻り、そこで1泊後次の地点へ移動するそうだ。
昼食は国道70号近くのVillage Innにて。今日はFish Flletを食べる。
今日の宿のHoliday Inn Denver Downtownに着くとすぐ、AD広田さんがトマトで汚れた皆のジーンズを洗ってくれた。トマトの赤色は完全には落ちなかったけど。
夕食はホテル内のレストランで、エビとフィレミニヨンの4オンス(約120g)などをいただく。
今夜は及川と同室。夕食後、この部屋に皆が集まり今日のクイズ問題の検証をした。(メモには21問あったと書かれているが、放送では18問なので3問カットされたようだ。)
その横でホテルのPay-TVでアダルトものを皆で観たが今一盛り上がりに欠け、はずれだー、と文句をたれる。
そんなこんなで解散はまたも24時過ぎになった。


1.トマトジュース
2.欄間(らんま)
3.葉隠
4.窒素

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